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悩みは言葉にならないこともある
なんとなく自分の気持ちがつかめないなと感じるときってありませんか。 自分のこころに霧がかかったようになって、 頭の中ではたくさんの言葉たちが右往左往する。 いろんな言葉が浮かぶのに、 「何となくこんな感じ」とか、 「うまく言えないけど」とか、 「ちょっと違うかもだけど」とかがあてはまる。 どれも少しずつ違う気がして、 今のこころの状態をぴったり言い表す言葉にはならない。 それを人は「悩んでいる」というのかもしれません。 そんなとき、思いつくすべての言葉を話してみると、 少しずつ自分を表す言葉が見えてくることがあります。 今の自分のことを少しでも言い表せたら、 それだけで、ほんの少し楽になることもあって、 楽になれれば、次のことを考えられる余白ができます。 だから、頭に浮かぶ言葉をそのままぜんぶ話してみる。 そんな時間として、カウンセリングという場を使うのもひとつだと思います。 「最近いつもの自分じゃないな」そんな感覚があるとき、 今の自分を感じるための大切な時間なのかもしれません。 オムニス/藤本
真理子 藤本
2月13日読了時間: 1分


「間」のなかにあるもの そこに生きるということ
間は、欠けているものではなく、 心が生きるための場所ととらえてみる
真理子 藤本
1月14日読了時間: 3分


予測可能性という安心
静電気とストレスマネジメント
というちょっとおかしな内容です。
予測可能性、安心、主体感などをテーマに。
yamada
2025年12月26日読了時間: 2分


師走
これを書いている今日は、この時期にしては陽が温かく、ほっと穏やかなような、 なんだかこれから寒くなる前に、ひとときの暖を与えてくれているような、 そんな日だなと思っています。 改めて、12月なんだなと思って、師走という言葉が思い浮かんで、語源は何かなと、調べてみました。 師僧が忙しく走り回った師走、年が果てる月の年果、四季が果てる月の極果、一年の締めくくりとしてやるべきことをやる(終える)為果、農事が終わり、調貢の新穀を取り集める シネハツル(歛果)月、 など、いろいろな説に出会いました。 そして、師走という言葉は、語源である師馳という字が平安時代の古辞書に記されていたことから、平安時代末期から存在していたと考えられているそうです。 そっか、そんな時代からと思うと、 12月になると自然と足が忙しくなり、やがて迎える新年へと心が向かっていく。 その感覚は今も昔も、どのくらい年月がたっても、変わらず続いているものなんだなと感じました。 人々のくらしは便利で快適なものになりましたが、心が感じることはそう変わらないのかもしれないなと思いを馳せた、この時期
真理子 藤本
2025年12月4日読了時間: 1分