「間」のなかにあるもの そこに生きるということ
- 真理子 藤本
- 1月14日
- 読了時間: 3分
更新日:1月15日
「間」のなかに大切なものがあると思う。それを見つけることを大事にしています。
「間」という漢字は、人が生きていくうえで
重要な要素をもっているところで使われていることがわかります。
人間
間柄
仲間
時間
空間
狭間
居間
土間
など、
これらを見ると、
人は「間」に生きている
ともいえるかもしれないなと思います。
そして、「間」という漢字が教えてくれること、
「間」という字は、 門のあいだから光が差し込む形をしています。
もとは「閒」と書かれており、 「門」のすきまから「月」の光が差し込む様子を表し、
そこから「すきま」や「あいだ」という意味が生まれました。
のちに、門のすきまから「日(太陽)」の光が漏れる様子を表す「間」という字が
一般的に使われるようになったという成り立ちがあります。
門の中に「日」(太陽、月、光)の字があり、
「戸」が閉まっていても光が漏れる様子を表し、
そこから「物と物のすきま」「時間的な隔たり」「空間」などを指すようになった。
つまり、
「完全に閉ざされた空間でもなく、 何もない空虚でもない」
日本語で、 大切な言葉の多くに「間」が使われているのは、
どれも、ただの「もの」ではないからだと思います。
例えば、人間、時間、空間
それらについて考えてみると、
人間 ・・・ 心は「関係」の中で動いている
嬉しさも、悲しさも、安心も、
多くはこころとこころのあいだで生まれます。
心が疲れるとき、 それは能力が足りないからではなく、
人や物、事、との「間」が無理な距離感になっていて
心が息苦しくなっているだけかもしれません。
時間 ・・・ 心が感じるリズム
同じ一日でも、 心に余裕がある日は長く感じ、
余裕がない日は一瞬で終わります。
これは、 心が「間」を感じられているかどうかの違いでもあると思います。
出来事と出来事のあいだに、 立ち止まる瞬間があると、 心は「時間がある」と感じます。
逆に、間がなくなると、 時間はただ流れていくだけになります。
空間 ・・・ 心が休める場所
物理的な空間だけでなく、 心にも「間」があります。
何も考えない時間
答えを出さなくていい時間
ただ感じるだけの時間
それらは一見、無駄に見えるかもしれません。
でも実は、 心が回復し、整うために必要な空間です。
間があるから、心は動けます。
現代は、 音も情報も感情も、途切れません。
常に刺激があり、 常に何かに反応し続けています。
その結果、 心は休むタイミングを失い、
理由の分からない疲れを抱えることもあると思います。
「頑張れない自分」が問題なのではなく、
「間」がない環境がある。
もしそこに「間」があれば、
その「間」に、 今の自分に必要な何かが見つかって、
心が静かに整っていくこともあると思いませんか。
人は、 人と人のあいだで生き、
出来事のあいだで時間を感じ、
余白のある空間で心を休めます。
間は、欠けているものではなく、 心が生きるための場所
ととらえてみるといいのかもしれません。
今日、ほんの少しでも、 「間」をそのままにしてみてください。



